時を進めようプロジェクトその1 みらいをつかみに行こう
題名とは似つかぬギャグ回(初回ギャグて)
1 本プロジェクトとは
まず昨年末の忘年会、自分は感動していた。
というのも会う人皆が仕事や趣味、恋愛事情など、『今』か『未来』の話をしていたのだ。
対する自分の直近のブログ↓
友人たちからも優しく指摘があったが、対して自分はいつも過去の話ばかり。それも暗い話だから、あんまり面白くもない。
どうして過去の話ばかりなのか?これはここ数年の自分の生き方がモロに影響している気がする。
-18までの自分がバトンを渡した後、自殺願望(過去)から逃げることを軸にしていたのが18-24。そして1年前、過労と重なりとうとう逃げ切れず…。
ずっと過去を見て生きてきた。まぁ日本全国に1億2000万人もいるんだから、そういう人が居たってそれ自体はおかしいことではない。ただその生き方で(これは結果論だけど)良くないことをしたのも事実。家族や友人に心配をかけてしまった。良くないことをしてしまった以上、その生き方には反省点があるのだろうし、あるのなら『次』にその反省を活かさないといけない。(過去の自分を100%悪者という風にはしたくないのだが…)
それから冷静に考えると、自殺未遂まで追い込まれたのは1年前、デマを流されたのは4年前、文化祭なんてもう7年前なんだよな。
…最大7年も時が止まっている人、そりゃ今の自分が普通に生活をしていても、何か生きづらい訳だよなぁ。
そこで、今年から自分は『時を進める』ことにした。
もちろん最大7年もの時差、そう簡単に他の人に追いつけるものではないし、おそらく追いつくことはない。(追いつこうとしている間に、今や未来を進んでいる人はさらに今や未来に進んでいくだろうからね笑)
それでも進めること、進めようとすること自体に意味が何かしらあると考えている。少なくとも飲みの場で皆が進んだ今や未来の話をしている中、いつまでも7年前の高校生時代の話をしているのは人として面白くない。
…正直時を進めることの“確固たる意義”は今現在の自分は語れないのだが、人として面白くないと思うからという理由だけで新年、何かを踏み出してみることがあっても良い。別に法に触れることとかでもないし。
という訳で、これは最大7年のブランクがある1人の”無敵の人予備軍”が、自分の中の止まっていた時間を進めようと、時に笑いあり涙あり(?)にもがく、そういったプロジェクトである…。
2 身近な“みらい”は何処
ところでいきなり『今』や『未来』と言われても、自分がどの方向に突っ走れば良いのかまるで分からない。
ただでさえ7年の時差がある。その上今まで踏み出しても、そもそもやろうとすら思ってもなかったこと。時が止まる前の自分はどうやって生きてたんだろう…
そういえば自分は今も18-24でも競馬が好き。その競馬では、(あくまで馬券上だが)カンタンに“みらい”をつかむことが出来る。
そう、岩田望来(みらい)ジョッキーだ。
今回はみらい(未来)をつかむために、みらい(望来)をつかむ…というこの先への願掛けで、この岩田望来Jの単勝+複勝を1日分買う。
ちなみに岩田望来Jは昨年のリーディング4位、なんと100勝以上を挙げている(JRAでは昨年7人しかいない)有力ジョッキーの1人。
…なるほど、“みらい”をつかみながら、あわよくばお金も増やそうという魂胆なわけだ。そう上手くいくかな?
3 みらいをつかみに行こう
1月7日 東京競馬場
という訳で今回はパークウインズ東京(東京競馬場)にやってきた。
…まぁ本来はゲン担ぎなのだから望来くんのいる京都競馬場まで足を運ぶべきだが、まだ初回。そこまでの気力も財力もない。(なんで財力もないんでしょうね…)
(後に家にて撮影)
この日岩田望来Jの騎乗予定は全9R。1R1000円で計9000円を単複で購入した。
別に“みらいをつかむ”と大層に言っても、要は馬券を買うだけ。それなのにマークシートを塗るペンにも自然と力が入る。なるほど、これが願掛けか…
前日夜に私用があったこともあり寝不足気味だったので購入後は早めに帰宅。本当は競馬場で全レース見届けようかとも思っていたのだが、まぁこれも初回だしいいか。
☆結果発表
京都4R 1番人気1着 単勝500円→1200円 複勝500円→700円
当たったレース 3/9(単勝は1/9)
収支 -5500円(回収率38.9%)
全然ダメやないかい!
前半3Rは有力ジョッキーらしく好走が目立っていたが中盤から伸びず。10Rのブルーシンフォニーは3着までは来る手応えかと思ったのだが…
まぁ願掛けだし、全スカンよりは良いかな?
(ちなみに翌日に同じことをしていた場合、6戦して[2,1,1,2]、回収率300%以上になっていたのはここだけの秘密。なんで日曜にやったん?)
4 0を1にしたことの意義
第1回がギャグ回、しかも中途半端な負け。もし翌日に実行していたなら大勝ち。
…先行きはまだまだ暗いのかもしれない。
ただ今回”その1”を無事実行出来たことで、企画・実行中にその2・その3など、いくつか時を進められそうなことを思い浮かべることが出来た。これは大きい。
0を1にするのは何事でも難しい。だが一回1に出来てしまえば、次に1を2にする際にはグッとハードルが下がる。実際2,3に向けて今は情報を収集中、これは0の際には決して出来なかったことだ。
スタートを切れたことが大切。このギャグ回は必ず2に活きてくる。
開催中でなく芝も張替えの最中。少し殺風景にも見えたが、奥には白富士も見えた。
あの富士山には今は全く手が届かない…だが、誰でも富士山に向かおうとすることは出来るし、向かおうとしてよい権利だってある。
向かおうとすること、それは気持ちだけでも良いし、ルートを調べるだけでも良い。
さあ、時を進めよう!
12月29日 本性(陰謀論?)
今日のお題はこれ
酔うと陰謀論を話すやつ、控えめに言って嫌すぎる。
まぁただこれ、反〇クとか反〇府とかそういうモノではない。という訳で今回はこのマイ陰謀論(?)を解説する。
・根に持っている3つの出来事
実際にはもっと複雑。ただ大きく分けるなら、今の自分が根に持っているのはわずか3つ。高3の文化祭と大3のデマと社会人2年目の人的環境だ。
そう、わずか3つしかない。人って簡単に壊れる、みんなも気をつけよう←お前が1番気をつけろ
んでこの3つが、自分の責任で起きたか、どうしようもない事情で起きたか、というのを考える。
・幸せを許さない“上位存在”
高3の文化祭→公立高校に行かなくちゃいけなかったしそこの生徒の時点で文化祭は避けられなかった。全校生徒の2/3に署名をもらい生徒総会を開く道はあったが、当時生徒会役員でも無ければそんな人脈あるわけも無い。そもそもただの学生、避けるなんて難しい。
大3のデマ→これも何をどう防げるのか。あとこのときもただの学生。
社会人2年目の人的環境→知らない土地で目の前のことしか分からなかった、分かってなかったかもしれない。そんな状況下で1人では、環境は避けられないし、変えられない。
…という訳で、全て自分に原因は無いと考えられる。
ここで戻って考えたいのが、その事象が起きたタイミングだ。
高3の文化祭前→受験勉強は基礎固めが終わり順調、彼女も友達もいる。
大3のデマ前→大学生活も折り返しで慣れてきた、代表も半年経ちこちらも慣れてきて順調。
社会人2年目前→自分のやりたかったことの続き。ご飯は美味しい場所で(土地柄的な)水は合っていた。
そう、全て僕が順調、幸せだったときなのだ。
このことから幸せを許さない何らかの“上位存在”が居て、人生に干渉していると考えている。
俺は幸せになれないよ、上位存在に目をつけられてるからねー。
…これがマイ陰謀論だ。
〜タネあかし そんな陰謀はない〜
ああなんて可哀想な僕、ハイハイ根に持ってましょーねー。
で、今日は終わらない。
年の瀬に、何故か日高屋で2回も飲んだ人間だ。今日はまだ筆が乗る。
ここからは今の自分の見解と、まぁでもねー…というボヤキ。
まず見解についてだが、たしかに偶然にしては重なりすぎてる。ただしこの3つには、全て共通点がある。
高3の文化祭→自分が生きている
大3のデマ→自分が生きている
社会人2年目→自分が生きている
いやいや何だそれはと思われるかもしれないのだが、全て自分が生きているのだ。
例えば高3の文化祭は、その前の生きていた自分の立ち振る舞いがマイナスで、たまたま文化祭の時期に別れ、同時期にケガをし、後友人に「考え方が汚い」と言われたのかもしれない。
大3のデマも、その前の生きていた自分の立ち振る舞いが悪く(思い当たる節は全くないが)、周りの方に何らかの悪い印象を与えていたことが、デマの蔓延に影響したのかもしれない。
社会人2年目だって、挟み撃ちにされて自殺未遂に追い込まれる前にその前の生きていた自分が何らかのコミュニケーションを取れていれば、回避を出来たのかもしれない。
そう、生きていた自分に原因がある可能性だって十二分にあるのだ。
原因は自分、おしまいおしまい。
…所謂『自責思考』なるものは、概ねこういったものなんだと思う。この理由付けは極端すぎるけど。
自責思考の良いところはそこから反省が出来るところ。例えば周りの目を気にして生活してみるとか、自分からもっと報連相をしてみるとか、自責思考で考えると反省が出来て、そこから次の行動を起こすことが出来る。
たぶん社会的に好まれているのもこっちの考え方。自分はこの考え方自体はあまり良くない(後述)と思っているのだが、上手くいってる人は自責思考が多いとも言うよね。
岡田語録を借りて「ハッキリ言うて」するのなら(笑)自分はこの自責の考え方こそが、この3つの負のターニングポイントへの答えの1つだと底では考えている。自分が生きていることが原因だった。上位存在なんて、そんなものはない。
最後に まぁでもねーの部分。
何ともまぁグロい話。何年も根に持ってる件が、実際には全て自分が悪いってことだからなぁ。でも社会はそう突きつけてくれる、生きている自分に原因がある、頑張りましょう。偶然では今の自分にはなり得ません、自分が生きているのが原因です。
ただこの3つのケースは置いといて、自責思考が社会的に好まれていても、自分が生きていることに原因があっても、1つ腑に落ちないこともある。それは(社会人2年目は別としても)学生時代の自分に、面と向かって「自分が悪いよ」と言えるか、ということだ。
だって高3のときは心身ともにケガをしてそれでもペンを(利き手の逆で)必死に握って、大3のときは泣きながら家でもサークル内でも“お気持ち表明”してたんだぞ?そんな過去の自分に対して、今の自分から学生時代の自分に、「自分が悪いよ」と面と向かって言えるかと聞かれたら…ちょっとそれは難しい。
話は大きく変わるが、今年の天皇賞・秋、どうしても当日外せない事情があり、“前日発売”で“武豊だから”ドウデュースを買った人は、自責思考でどう反省すれば良いだろうか?
この場合当日直前に買うことは出来ない。武豊→戸崎圭太への乗り替わりは当日昼で、この方は知る由もない。(武豊でも来れてなかった、はここでは無し。この方は“武豊だから”ドウデュースを買った。武豊が乗った場合の23天皇賞・秋については、レースをしていない以上誰にも結果は分からない。)
もっと違う例えをしよう。大昔、カルデラ噴火で滅亡したとされる南九州の縄文人たちは、どうして生き残れなかったのだろう。自責思考でどう反省しようか?
…自責思考にはこのように限界がある。どうしようも無いことは、ある。なので個人的には、あまり自責思考自体は好きでは無い。
まぁ最後なんでマイルドな表現に留めるけれど、詰めすぎると人間“つかれちゃう”からね。
今年は年末にしては幾分暖かい。ニュースを見ていると、全国的にもそうらしい。(とはいえ北は雪だろうが…)
こんな暖かい年の瀬は、いつも自責思考の人もたまには自分に暖かく、“上位存在”のせいにしたっていい。
…え、大晦日は雨だって?スパ銭行こうと思ってたのに…おのれ上位存在!😠
良いお年を。
11月19日 ナミュール、あんたすごいよ
突然だけど、人生はある程度決められているものだと思うことがある。
だからどんなに足掻いたってダメなときはダメだし、無理なものは無理。
最悪、ダメな人生なら何をやってもダメなんだとすら思う。
(自分の競馬垢)
なんてことない日曜昼、この日もダメな人生が自分を襲う。マイルcsで本命予定のナミュールが鞍上の当日乗り替わりを余儀なくされてしまったのだ。
競馬の話はこっちではほとんど触れなくなったので久々だが、知らない人のために少し丁寧に書くと、当日での鞍上(馬の上に乗る人、ジョッキー)乗り替わりはあまり起こることでは無い。
騎乗予定のジョッキーに何らかのアクシデントがあって初めて起こることで、当日いきなり乗り替わるものだから、代替ジョッキーたちも馬の個性が掴みにくく、苦戦を強いられやすい。
加えて、ナミュールに騎乗予定だった方はR.ムーアという世界的な名手。そこからの鞍上変更なので、(いくらか鞍上のレベルは考慮されるとはいえ)替えが効きにくい。G1だと既に他のトップジョッキーは他馬に乗っているから、手配もしづらいしね。
結果、ナミュールの鞍上は09年以来G1勝利の無い藤岡康太Jに変更となった。栗東の中堅Jで、決して悪いジョッキーでは無いのだが…
いや、買った、買ったさ。だって本命予定だったからね。でも正直、“またやられたな”と自分は思っていた。実はこの珍しい当日乗り替わりに自分が遭うのは、この秋2度目だったのだ…
ー思い出す23天皇賞・秋ー
このとき、自分の本命はドウデュース。ただ鞍上予定だった武豊Jが前のレースで負傷してしまい、急遽の当日乗り替わり。代打は戸崎Jになった。
戸崎Jは他G1をいくつも獲っている関東のトップジョッキーの1人。それでもやはり当日乗り替わりは難しく、レース中にかかってしまったドウデュースは力をフルに発揮出来ずに、7着に敗れてしまった…。
さらに言うと、ナミュールはそれまで不利を2度も受けてきていた。
今春のG1で他馬に挟まれ着順を落とすことが2回あり、当時の鞍上だった横山武J(このジョッキーもまた若手ながら関東の有力Jの1人)も不利について、コメントを残すほどだった。
(VM後)「不完全燃焼でした。落馬しなくて良かったと思うくらいの不利でした。舞台は良かったけど向正面であんな不利を受けては走る馬も走れません」
(安田記念後)「道中の感触も良かったのですが、また不利を受けてしまって。悲しいです」
…Twitter上でエゴサすると「ナミュールついてないな」との声も見られる。競馬はどうしても運が絡むもの、今回の事象はナミュールには何の非もない。
ただやはり、ダメなものはダメなんだなと内心では思ってしまった。
2度の不利を乗り越えてまたG1の舞台へとやってきたのに、ナミュール、あんたも可哀想だな…そうして15時40分を迎えた。
いや、感動した、感動したよ。マジで。
後方からの追い込み一閃。何より凄いのはこの2枚目。
自分で再び挟まれそうな、少し不利になったところを、こじ開けて割ってきたんだよ。
ナミュールはあまり大きな馬では無い、だからこういう場面では、押し負けてしまう(=不利を受けてしまう)ことが多い。
それを、彼女は自力で跳ね除けたんだよ。
ナミュール、あんたすごいよ。
藤岡康太Jの勝利騎手インタビューも清々しいもの。12時か1時くらいに鞍上変更が発表されてから、10倍台だった単勝オッズは17.3倍まで上がっていた。
それだけ世間でも当日乗り替わり、それも世界的名手からの変更は不利だと思われていたんだ、それを彼もまた、跳ね除けた。
ナミュール×藤岡康太Jのこの勝利は単なる的中以上に、心にくるモノをくれた。
人生は決められているのかもしれない…それでも、足掻くことは出来る。
さぁ、明日も足掻こう。
8月13日 お盆体験(?)
8月13日朝、中の人はめーちゃめちゃに、吐いていた…
記憶の無い急アルで搬送されたとき(良い子は絶対にマネしてはいけないぞ!)よりはおそらく吐いていないだろうが、歴代2位のつらさだった…。
その日の夜には私用があったが、やむなくキャンセル(ごめんなさい)
原因↓
のんきに高校野球を見ているように見えて実は朝方4,5回吐いてるカス体調です
— まめ@趣味垢 (@mamemamed_d) August 13, 2023
文化祭のドラマ(ミュート済)が嫌で強めのハイボール作る→体調が無事終わるなの、あまりに酷いお盆
文化祭。またこれである。
(あのさぁ、19歳とかならともかく、もう大学も卒業して数年の大人がなんなんだい?それしか人生の引き出しが無いのかい?)
中の人(古)と文化祭といえば、まぁ因縁のある関係。とはいえ先日呟いたように、自分では熱量は落ちたと思っていた。
昨日ちょっと外で話してたんだけど、今の自分はもう7000字もこの話題は書けない。そこまでの熱は良い意味で無い
— まめ@趣味垢 (@mamemamed_d) August 6, 2023
まぁ未遂の遠因になってたりまだまだ影を落とし続けては居るんだけど…時間がある程度は解決してくれてるのかもしれないよね
https://t.co/U4ULpaTcNT
正直、倒れるまで飲むほどの熱量がまだ文化祭相手に残っていたことに、今回驚いた。
まだそんなに苦手なんですか?
…ひょっとしたら、お盆でそういう熱量を持った自分が帰ってきてたのかもしれないなぁ
と思いました。
おしまい
5,60%の出力で生きたいが、おそらくそれをしようとすると
やっぽい☆
今日はこれについて↓
お酒を飲むとその人の本性が現れるとは言い得て妙で、明け方に戻しながら0か120(戻す)しか飲み方(生き方)がないことを憂いています https://t.co/OMm1yCKxe5
— まめ@趣味垢 (@mamemamed_d) June 10, 2023
まぁもう既出の通り、1月頭に自殺未遂をしている。6年間自殺願望があったって話も既にしていたな。
んでそれとは全く別ベクトルなんだけど、最近本当にお酒に弱くなった。
GWの広島帰省時も戻したし、先日の地元の(ただ1人の)友人との飲みでも明け方戻してしまっていた…
人間酒で失敗したときが、一番反省が出来るのさ。あと馬券で紐抜けしたときとかね。
んでそのときのツイートが後から見ていて「なるほどな」と思った。
たしかに、5,60%で生きれたら、とても良いよな。
6年間の自殺願望抱えながらのときは、まぁしんどい時もあったんだけど、よく言えば“張り合い”があった。生き生きしてた。
別に毎日が120%死では無かったし、軽い日だって凪の日だってあって、そういうときは楽しかったよね。
まぁ人間、何かしらの対象で燃えるものがあって、程よくエンジンがかかるくらい(5,60%)がちょうど良いのかもしれないね。
かといって、120%死に振り切って生きるのは本当に危険。これを読んで思い当たる節がある人類は今すぐ環境を変えよう⚠️
追伸:僕の場合は変なところが頑固(大学時代の友人の言葉を借用)なので、たぶん5,60%で生きよーってしようとすると、5,60%にすることに120%の力を注ぐようになるんだよな。
ムクバードはムクホークにはなれないってあんだけ計算してたのにな。アホ?
おわり
やっぱり、死んだんだろうなと思う
※この文の連なりにはちょっとセンシティブな表現もあると思う
惰性で開いたのならブクマか何かをしておいて、気持ちが元気なときに読んでほしい
今年の1月初めに首を吊った。もう3か月以上経ったのか
このところはやっと少しずつ考えられるようになってきた。オープンな場で、今の気持ちを残しておく。
目次
1. 数日前の不思議な夢
2. 3月下旬に桜を見ました
3. 自殺未遂について・1,2月の記憶が曖昧になってきてる
4. やっぱり、死んだんだろうなと思う
(5. 野球を見ている時と競馬をしている時は自分が帰ってくる気がするんだ)
6. これからどうなるんだろう
1.数日前の不思議な夢
おそらく母校(高校)の下駄箱。震度4~5弱くらいの地震に揺られている。
高校時代の女友達(今となってはあり得ないことだが、当時は吹奏楽部の女社会に属していたので女の子の友達がいることはおかしなことではなかった)に「こっちおいでよー」って手招きをされている。
(ああ、行けたら楽なのになぁ)と思っている。
起きると地震は起きていなかった。
2.3月下旬に桜を見ました
3月下旬、今年初めてすき家に行った。
ネギ玉牛丼の大盛を注文する。
昔は特盛を食べることも出来ていたのだが、1か月まともに外に出られなかったこともあって胃袋が縮んでいるんだろうな、6割くらい食べたところでもう腹いっぱいだった。
何とか詰め込んで、帰路へ。その帰り道の途中で、桜を見た。
見るはずのない桜。何だか不思議だった
こんな綺麗だったっけな
出来ることなら、-18の自分に見せたかった
3.自殺未遂について・1,2月の記憶が曖昧になってきてる
1月初めに首を吊った。吊り方が甘かったのか親が丈夫に産んでくれていたのか、家庭科の授業でボタン縫いも出来ないくらい不器用だったのが”良かった”のか、3-4回くらい挑戦したのだが、去ることは出来なかった。
そこからの記憶は今だと正直よくわからない
適応障害との診断で仕事は行けなくなり退職。色々引き払って1月の終わりか2月初めに実家に戻ってきた。
2月中旬にリハビリでダイヤモンドsを見に行ったことは覚えている。たしか全然当たらなかったんだよな
今日のリハビリ pic.twitter.com/AyDIvxopDV
— まめ@趣味垢 (@mamemamed_d) February 18, 2023
昔どこかで、人間悪い時の記憶は無くなるように出来ていると聞いたことがある。
…実際にあいまいになると結構びっくりする。
4.やっぱり、死んだんだろうなと思う
直接の原因は過労だと思う。仕事が合ってなかった。
ただ、大学時代、厳密には高3の冬からずっと自殺願望があった。
だからあらゆる工夫をしていた。いろんな景色を見たしスカートだって履いてた
あらゆる手を使って自殺願望から逃げていた
いつからだろうな、仕事との戦いと自分の願望との戦いの中で、終わらせることを考えてた。
ぼんやりと考えていたから、車は買わずにカーリースにしてたしブログもいくつか記録に残してたし、年末の休みにも予定を詰め込んで、友人に会いまくった。よく出来てるよな
車を持ちました🚗 ³₃
— まめ@趣味垢 (@mamemamed_d) September 26, 2022
ただ、今の自分の色んな状態を考えて、100万単位で借金を作れるほどの信頼を持てないので月単位のカーリースにしました。
ちょっと複雑だけど、これも1つの考え方ね😓 https://t.co/usRE0078fR
遠因にはずっとあった自殺願望との戦いが絡んだと思う。願望に、自分は負けた。
実を言うと、1度死んだなぁと思うことはあった。それが高3の秋だった。
色々(当時の自分のキャパでは対応できなくて)爆発した後、ずっとぼんやりと続く自殺願望に抵抗すべく手を出す中で、元の自分が死んだように思うことがあった。
まずそもそも、元の自分は女装はしない。それから競馬もここまではのめりこまない。
誕生日間に合ったー
— まめ@趣味垢 (@mamemamed_d) November 2, 2020
今年は🐱になりました(♂) pic.twitter.com/HWQ141RAsn
ほんと、昔からすると良くも悪くも変わってしまった。元の自分は-18で、受験をやり切ってバトンを渡して、死んだんだと思う。
んでここからこの部分の本題に入る。やはり、18-24の再構築してきた自分は死んだんだろうなと思う。理由は3つ。
①自殺願望が湧かない。
意味の分からないことだとは思うが、18-24の自分にとって自殺願望は軸だった。
自殺願望があるからそこから逃げるためにやりたいこと(orやり残したくないこと)が湧いてきて、それが原動力になっていた。
人間不思議だよね、自殺願望1つだけで知り合いの全くいない東北地方に単身赴任出来るんだ。自殺願望1つだけで釧路から電車で帰れる。
今の自分は、自殺願望が湧かない。
良いことに違いない、間違いなく。
ただ、6年間据えてきた軸が無いんだ。
②自信が全く起こらなくなった
自分で言うのも何だけど、大学時代の自分って何か鼻につく奴じゃなかったか?
18で一度死んだ自分。それを乗り越えて、今も戦いながら生きている…
今だから振り返ると、どこかそこに「同世代でここまで踏んでる奴はいないだろう」っていう、よく分からない自信があったんだと思う。
よく分からない自信があったからよく分からない格好も出来たし、よく分からないサークル(褒め言葉)の代表も出来た。よく分からないまま社会にも飛び込めた。
そのよく分からない自信も起こらなくなった。
③旅行と女装に興味がわかない
今の自分は離職中、ニートの身だ。
だから時間だけは山ほどあるはずなのに、旅行や女装に興味がわかない。
特に旅行に関しては@mamemamed_dの主軸と言っていい産業だった、そこに行く気が起きないんだ。
(昨年秋の最後の旅行↓)
これに関してはGWに家族の帰省で広島に付いていく。帰省の遠出を通じて何か思い出せれば…という淡い期待をしている。
…とまぁそんなわけで、18-24で作ってきた再構築は、やっぱり死んだんだろうなと考えている。オープンな場でとか初めに書いておきながら、ここに書けない理由もあったりする。とにかく、18-24の自分は死んだ。
身は生きてるんだよ?でも一緒な気がしないんだよ。一言で言うならこんな感じ。
(5. 野球を見ている時と競馬をしている時は自分が帰ってくる気がするんだ)
(死んだ人間が帰ってくるなんておかしな話、だからここだけかっこをつけておく)
(野球を見ている時と競馬をしている時だけは、18-24の少しギラギラしていた自分が帰ってくる気がするんだ)
(ただし楽しみ方は当時と少し違う。野球は現地に行こうとまでは現時点ではあまり思わないし、競馬もより馬券的な楽しみ方をすることが多くなった)
(18-24の自分は自殺願望から逃げるために、いくつも逃避路を掘っていた)
(逃げる対象がなくなっても、掘った逃避路が無くなることはない)
(例え方としては不適切かもしれないが、戦争が終わっても防空壕は残っているだろう?そんな感じ)
(だから自殺願望が無くなっても、昔の穴に帰れてるんだと思う。楽しめているんだと思う)
(いつか旅行も女装も(←?)また出来るといいよね)
6. これからどうなるんだろう
自殺願望が無くなったことで、それを軸に生きていた自分は皮肉にも何をすれば良いのか、分からなくなってしまった。
まだ貯金はいくらかある。実家に住ませてもらってる関係もあって、キツく見ても今秋くらいまでは持つ。
でも、やりたいこと・やり残したくないことが湧かない。就活のときも高3の出来事の関係でやり残したくないことがあって〇育関係に就いたくらいなので、再就活の軸もなかなか見出せない。
ほんと、不思議だよな。自殺願望という負の軸は間違いなく自分の6年間の生き方を作ってたんだよ。本来良くない形だろうけどね。
これからどうなるんだろう。6年間の負の軸があった生き方とはまるで違うので、まずはこの生き方に慣れなくちゃいけないのだろうと最近は思い始めている。
空ってこんな明るいんだな。
今年の桜は本当にきれいだった。見れないはずだったからだと思う。
もう黒い光は追ってこない。たぶん、来年も桜を見ることは出来るだろう。
出来ることなら、-18の自分にいつまでも見ていて欲しかった。